Friday, March 03, 2006

蹉跌(つまずき)

「どうも、御無沙汰(ごぶさた)いたしやした」こう言って、お房の時に頼んだ産婆が復た通って来る頃――この「御無沙汰いたしやした」が、お雪の髪を結っていた女髪結を笑わせた――三吉は東京に居る兄の森彦から意外な消息に接した。 それは、長兄の実が復た復た入獄したことを知らせて寄(よこ)したもので有った。その時に成って三吉も、度々(たびたび)実から打って寄したあの電報の意味を了解することが出来た。森彦からの手紙には、祖先の名誉も弟等の迷惑をも顧みられなかったことを掻口説(かきくど)くようにして、長兄にしてこの事あるはくれぐれも痛嘆の外は無い、と書いて寄した。 三吉は二度も三度も読んでみた。旧(ふる)い小泉の家を支(ささ)えようとしている実が、幾度(いくたび)か同じ蹉跌(つまずき)を繰返して、その度に暗いところへ陥没(おちい)って行く径路(みちすじ)は、ありありと彼の胸に浮んで来た。三吉が過去の悲惨であったも、曾(かつ)てこういう可畏(おそろ)しい波の中へ捲込(まきこ)まれて行ったからで――その為に彼は若い志望を擲(なげう)とうとしたり、落胆の極に沈んだりして、多くの暗い年月を送ったもので有った。 実が残して行った家族――お倉、娘二人、それから他へ預けられている宗蔵、この人達は、森彦と三吉とで養うより外にどうすることも出来なかった。それを森彦が相談して寄した。この東京からの消息を、三吉はお雪に見せて、実にヤリキレないという眼付をした。「まあ、実兄さんもどうなすったと言んでしょうねえ」 と言って、お雪も呆(あき)れた。夫婦は一層の艱難(かんなん)を覚悟しなければ成らなかった。 冬至には、三吉の家でも南瓜(かぼちゃ)と蕗味噌(ふきみそ)を祝うことにした。蕗の薹(とう)はお雪が裏の方へ行って、桑畑の間を流れる水の辺(ほとり)から頭を持上げたやつを摘取って来た。復た雪の来そうな空模様であった。三吉は学校から震えて帰って来て、小倉の行燈袴(あんどんばかま)のなりで食卓に就(つ)いた。相変らず子供は母の言うことを聞かないで、茶椀(ちゃわん)を引取るやら、香の物を掴(つか)むやら、自分で箸(はし)を添えて食うと言って、それを宛行(あてが)わなければ割れる様な声を出して泣いた。折角(せっかく)祝おうとした南瓜も蕗味噌も碌(ろく)にお雪の咽喉(のど)を通らなかった。「母さんは御飯が何処へ入るか分らない……」

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